つーかパン屋うざったてー。
2006年12月7日 TV「怪獣使いと少年」が悲劇的なのは、ウルトラマンでさえ人間のむき出しの憎しみの前に無力であることを描いているからだろう。
郷秀樹の失敗は、メイツ星人と良少年に同情してしまったこと。
彼がMAT隊員としてまずやるべきは、現に彼らのために疑心暗鬼にとらわれている地域住民への、正確な情報公開であったはず。
メイツ星人に悪意のないこと、ただ宇宙に帰りたがっているだけであること、彼の身にもしものことがあると出なくていい怪獣が出かねないことなどなど。
けして、良少年といっしょになって川原を掘ることではなくて。
「少年」唯一の救いはウルトラマンでなく、名もないパン屋の娘である。
街にパンを買いにでかけた良少年。
ものの役にたってないおんぼろ傘が物悲しく、そんな彼の姿を無知と恐れから遠巻きにするばかりの人々の姿がうすらさむい。
地球をどうこうできるような力を持った宇宙人が、雨に濡れながら歩いてパンを買いに来るか? という、あたりまえの理性ももはや彼らには働かない。
パン屋のおかみさんも、彼にパンを売ろうとしない。
この時のおかみさんの、「自分が嫌だから売らない」ではなくて、「後で色々言われるの嫌だから」という断り方も実に日本人的。
その様子を見ていた娘は帰りかけた良を追いかけ、食パンを差し出す。
「同情なんかいらないよ!」という良に、
「同情なんかじゃないわ、売ってあげるだけよ、だってうちパン屋だもん」
としっかり120円受け取る娘。
「少年」で唯一ほっとできるシーンだ。
伊吹隊長の言う、「美しい花を造る日本人の手」の部分。
「パン屋の娘が美しいのは、パンを売るからだ」
とは本編の評論でよく出るフレーズ。
パン屋なのだから、相手が誰だろうとパンを求めてきたらパンを売る。
けして同情や哀れみで施しをするのではなく。
このあたりまえのことが、時になんと難しいか。
パン屋にいってパンを買う、という当たり前の権利が、時になんと残酷に蹂躙されることか。
メイツ星人と良少年に同情してしまった郷秀樹は、彼らに肩入れするのあまり、現実に臨界点に達しつつあった住民の不安の解消措置を怠った。
そして悲劇は起こった。
暴徒と化した住民によって、いや正確には、彼らの軽挙妄動をいさめる立場のはずの警察官の放った銃弾で、メイツ星人は命をたたれる。
もともとの原稿では住民の竹槍に突き殺されるところを、それじゃいくらなんでも生々しすぎると、「警察官の発砲」に変更されたのだそうだけど、かえって悲劇性を増すことになった。
そして巨大魚怪獣ムルチ登場。
自分たちがしでかしたことの結果におそれおののき、郷にすがる住民たち。
「何を勝手なことを。怪獣を招き寄せたのはあんたたちだ」
と苦々しい表情で事態をみつめるばかりの郷。
平成の今でこそ、人間性あふれるヒーロー像があれこれ構築され、珍しくもなくなったが、
「ヒーローが人間を守ることを放棄してしまう」
というのは1970年代当時としてはかなりショッキングなシーンではなかったか。
光の国から僕らのためにやって来た正義の人であったウルトラマンが、憎しみに我を忘れてしまう。
そんな郷に近づく謎の雲水僧。
「街が大変なことになっているのだぞ、わかっているのか」
とさとす、なぜか伊吹隊長そっくりな謎の雲水僧。
このあたり、伊吹隊長が郷=ウルトラマンであることを知っているともとれてしまうため、いろんな解釈があるようで、「ウルトラマンが郷に見せた幻」説なんてのもあるらしい。
パン屋は、パンを売るのが仕事。
偏見も同情も哀れみも蔑みもなく、求められればパンを売るのが仕事。
MATの使命は街が大変なことになったら、これを守ること。
同情や哀れみをまじえず、今まさに命の危機にある命を救うのが使命。
そんなあたりまえのことが、時にM78星雲から来た超人であるウルトラマンにすら、難しいのである。
郷秀樹の失敗は、メイツ星人と良少年に同情してしまったこと。
彼がMAT隊員としてまずやるべきは、現に彼らのために疑心暗鬼にとらわれている地域住民への、正確な情報公開であったはず。
メイツ星人に悪意のないこと、ただ宇宙に帰りたがっているだけであること、彼の身にもしものことがあると出なくていい怪獣が出かねないことなどなど。
けして、良少年といっしょになって川原を掘ることではなくて。
「少年」唯一の救いはウルトラマンでなく、名もないパン屋の娘である。
街にパンを買いにでかけた良少年。
ものの役にたってないおんぼろ傘が物悲しく、そんな彼の姿を無知と恐れから遠巻きにするばかりの人々の姿がうすらさむい。
地球をどうこうできるような力を持った宇宙人が、雨に濡れながら歩いてパンを買いに来るか? という、あたりまえの理性ももはや彼らには働かない。
パン屋のおかみさんも、彼にパンを売ろうとしない。
この時のおかみさんの、「自分が嫌だから売らない」ではなくて、「後で色々言われるの嫌だから」という断り方も実に日本人的。
その様子を見ていた娘は帰りかけた良を追いかけ、食パンを差し出す。
「同情なんかいらないよ!」という良に、
「同情なんかじゃないわ、売ってあげるだけよ、だってうちパン屋だもん」
としっかり120円受け取る娘。
「少年」で唯一ほっとできるシーンだ。
伊吹隊長の言う、「美しい花を造る日本人の手」の部分。
「パン屋の娘が美しいのは、パンを売るからだ」
とは本編の評論でよく出るフレーズ。
パン屋なのだから、相手が誰だろうとパンを求めてきたらパンを売る。
けして同情や哀れみで施しをするのではなく。
このあたりまえのことが、時になんと難しいか。
パン屋にいってパンを買う、という当たり前の権利が、時になんと残酷に蹂躙されることか。
メイツ星人と良少年に同情してしまった郷秀樹は、彼らに肩入れするのあまり、現実に臨界点に達しつつあった住民の不安の解消措置を怠った。
そして悲劇は起こった。
暴徒と化した住民によって、いや正確には、彼らの軽挙妄動をいさめる立場のはずの警察官の放った銃弾で、メイツ星人は命をたたれる。
もともとの原稿では住民の竹槍に突き殺されるところを、それじゃいくらなんでも生々しすぎると、「警察官の発砲」に変更されたのだそうだけど、かえって悲劇性を増すことになった。
そして巨大魚怪獣ムルチ登場。
自分たちがしでかしたことの結果におそれおののき、郷にすがる住民たち。
「何を勝手なことを。怪獣を招き寄せたのはあんたたちだ」
と苦々しい表情で事態をみつめるばかりの郷。
平成の今でこそ、人間性あふれるヒーロー像があれこれ構築され、珍しくもなくなったが、
「ヒーローが人間を守ることを放棄してしまう」
というのは1970年代当時としてはかなりショッキングなシーンではなかったか。
光の国から僕らのためにやって来た正義の人であったウルトラマンが、憎しみに我を忘れてしまう。
そんな郷に近づく謎の雲水僧。
「街が大変なことになっているのだぞ、わかっているのか」
とさとす、なぜか伊吹隊長そっくりな謎の雲水僧。
このあたり、伊吹隊長が郷=ウルトラマンであることを知っているともとれてしまうため、いろんな解釈があるようで、「ウルトラマンが郷に見せた幻」説なんてのもあるらしい。
パン屋は、パンを売るのが仕事。
偏見も同情も哀れみも蔑みもなく、求められればパンを売るのが仕事。
MATの使命は街が大変なことになったら、これを守ること。
同情や哀れみをまじえず、今まさに命の危機にある命を救うのが使命。
そんなあたりまえのことが、時にM78星雲から来た超人であるウルトラマンにすら、難しいのである。
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