土手の芝生に、愛美は大の字に寝ころんだ。
足尾鉱毒事件で有名な渡良瀬川が眼下を流れる。
河川敷の運動公園では、草野球だろうか、試合が行われている。
得点までは、僕らのところからは見えない。

「まだ……」
となりに腰をおろした僕の存在など忘れたんじゃないか、そう思えるくらい黙り込んでいた後で、愛美はようやく口を開いた。
「何かの冗談じゃないかって気がしてる」
「俺も」

受験勉強の息抜きと称して出かけたいつものバッティングセンター。
思えば、彼女と最初に出会ったのも同じそこだった。
誰かがつけていた携帯ラジオでそのニュースを知ってから、まだ一時間は経っていない。

「公式戦出場なしの奴を指名してくるかなぁ」
「関東じゃそこそこ名前売ってたし、見てる人は見てたってことだろ?」

全て練習試合で45試合.
40打数32安打、本塁打11、打点45。
彼女が高校3年間で残した、これがすべてだ。

この中に、佐久稜学院の小城から放ったタイムリーや、古溝商業の沢村からのサヨナラツーランも含まれる訳だが。

それを見ていた誰かがいて、今日のこの時になった訳だ。

「日本ハムかぁ、、、」

やはりまた長い間があった後、愛美は身を起こして言った。

「再来年から札幌、だよね?」
「だな」
「遠距離恋愛になっちゃうね?」
「行く気、なんだ?」
「行くなって言ってくれるの?」
「言って欲しいのか?」
「その方がラブラブっぽい」
「言って聞くような女だったら、俺ももっと気楽だったと思う」
「チェー」

さて…… と愛美はいきおいよく立ち上がり、大きくのびをした。

「明日からちょっと騒がしくなるなぁ」
「それは、ま、当然だろ」
「じゃ、今のうちに思い切りいちゃついておこう」

河川敷の草野球で歓声が起こった。
タイムリーが出たらしい。
その声を僕はどこか遠くに聞いていた。

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